令和8年3月24日
令和7年度修了式校長挨拶 ~『正解』を求めて~
桜華中学校・高等学校 校長 牛来 峯聡
この一年間、皆さんはそれぞれの学年で、学習や課題と向き合い、行事に力を合わせ、部活動に汗を流してきたことと思います。うまくいったこと、思い通りにならなかったこと、悔しかったこと、努力したこと、嬉しかったこと、その全てが、成長しつつある皆さんの今日の姿をつくっています。
さて、修了式という節目に、私から皆さんに、一つ問いかけたいと思います。「皆さんが本当に知りたかったことは、知り得たでしょうか、教科書の中にあったでしょうか。」
友だちとの関係に悩んだとき、将来の夢が見えなくなったとき、自分の弱さに直面したときなど
――そうした場面で皆さんが本当に欲しかった「正解」は、どの教科書にも載っていなかったのではないでしょうか。どうすれば、その正解が得られるのでしょうか。これが問いかけです。
○大人になることの証
先日、ある学校の卒業式に来賓として参列し、お祝いを述べてきました。卒業生は、皆、静かに張り詰めた緊張感の中、最後の授業である卒業式に真剣に向き合っていたことが印象的でした。卒業式では、最後に、卒業生による「式歌斉唱」が行われました。曲は、皆さんもよく知っている「正解」という曲です。この曲「正解」は、まさに今の皆さんの世代に向けて書かれたような歌です。一節を紹介します。「答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか僕たちが知りたかったのは いつも正解など まだ銀河にもない」
つまり、学校では「答えがある問いばかりを教わってきた」けれど、本当に知りたかったのは「いつも正解などないそんな問いばかりだ」――という一節です。
学校は、どうしても「正解がある場所」だと思われがちです。テストには答えがあり、先生が丸をつけてくれます。しかし、この曲が皆さんに突きつけるのは、その先にある「本当の人生」の姿です。皆さんが、これから歩む人生には、赤ペンで丸をつけてくれる人はいません。何が正しいかを自分で考え、自分で決め、その結果の責任を自分で引き受けていく――それが、大人になるということの
証です。
○学校での学びが持つ意味
ここで誤解しないでほしいのは、「学校の勉強は無駄だ」ということではありません。むしろ、その逆です。皆さんが取り組んできた各教科での学習、探究学習、友人との議論、部活動での葛藤、行事の準備で意見がぶつかった経験など、これらは全て、「正解のない問い」に向き合うための、かけがえのないものです。
数学の問題を粘り強く考え抜いた経験は、答えのない課題に取り組む「忍耐力」を育てます。国語で作者の心情を読み解こうとした経験は、他者の気持ちを「想像する力」を養います。仲間と意見を交わし、一つの答えに辿り着こうとした全ての経験が、皆さんの中に「考える力」として蓄えられていきます。
確かに、これからのAIの時代、「用意された問い」に答えを出すことは、機械の方がずっと速く、正確にやってのけるかもしれません。けれども、皆さんにしかできないことがあります。それは、「問いそのものを見つけること」、そして「自分なりの正解を創り出すこと」です。何に心を動かされるのか、何を大切にしたいのか、どんな生き方をしたいのか――その問いを立てられるのは、皆さん自身です。
○あなたの人生という解答用紙
この曲「正解」の歌詞は、後半でさらに核心に触れます。
「制限時間はあなたのこれからの人生
解答用紙はあなたのこれからの人生
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
採点基準はあなたのこれからの人生」
つまり、制限時間も、解答用紙も、採点基準も、全て「あなたのこれからの人生」である――という趣旨の一節です。
この言葉は、とても厳しく、同時にとても温かいメッセージを含んでいます。厳しいのは、「誰かが模範解答を用意してくれることはない」ということ。進路の選択も、人との向き合い方も、自分がどう生きたいかという問いも――その全てが、皆さん自身の解答用紙であり、そこに書き込めるのは皆さん自身だけなのだということでしょう。けれども温かいのは、「採点基準もまた自分自身の人生である」ということ。つまり、他の誰かの物差しで測られるのではなく、自分の人生を「正解」にできるのは、世界中で皆さん自身しかいないということでしょう。たとえ周りから見て遠回りに見える選択をしたとしても、思い通りにいかない時期が続いたとしても、そこで経験したこと、感じたこと、考えたことの全てが、次の一歩の土台になります。失敗は「不正解」ではありません。それは「正解」に辿り着くための、大切な途中経過であるということです。
○新しいはじまりの合図
曲「正解」のラストは、たった一言で締めくくられています。
「よーい、はじめ」――という、スタートの合図で締めくくられています。
今日、この修了式は、1年間の「終わり」を意味していません。まさに、次に向けての「よーい、はじめ」です。明日から、春休みという短い充電期間を経て、4月、皆さんは一つ上の学年に進みます。クラス、仲間とともに、新しい挑戦が待っています。その中で、時には迷い、時には悩み、時には立ち止まることもあるでしょう。悩み、迷うということは、自分の頭で考えている証であり、立ち止まるということは、真剣に向き合っている証です。大切なのは、どんなときも「自分なりの正解」を探し続けること。たとえすぐに見つからなくても、探し続けるその姿勢そのものが、皆さんのこれからの人生を豊かにしていくと、私は思っています。
一年間、皆さん、お疲れさまでした。これからも、桜華生の皆さん一人ひとりが、自分だけの「正解」を見つけ、力強く歩んでいく、そうした姿を、新年度から、いや明日から、いや今から見られることを楽しみにしています。
それでは、「よーい はじめ」





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